以前から国産狂犬病ワクチンの効果が文献報告上弱いという事で、長期、特に、3ヵ月以上途上国に渡航される方には、輸入ワクチンをお勧めしていましたが、そのワクチンの効果(抗体価の推移)についてここでまとめておきたいと思います。
なぜ、事前に狂犬病ワクチンを接種しておくのか?
なぜ、ワクチンを接種しておくのかについて理解しておかなくてはなりません。
狂犬病は、実際の発症率としては少なく、渡航先で交通事故にあう方が確率的には多いです。ただ、そういう議論をしてしまいますと、交通事故より多い罹患死亡率(健全な市民が生活の中でその病気に罹患して、なおかつその病気で死亡する確率)の感染症って、ほとんどないんですが。
しかし、発症すれば100%死亡する病気ですから、狂犬病動物が日常的に存在する国で動物に咬まれた場合、その動物が狂犬病でないと保障できない限り、予防処置を行うのがふつうです。この動物咬傷に会う確率は、途上国では、1ヵ月滞在で2~12%存在します。
もし、狂犬病動物であることが確実なら、傷や口元を舐められても感染します。
ウイルスが侵入した場合、速やかに抗体で中和できれば、それだけ、発症の確率を落とす事ができます。
しかし、受傷後、急いでワクチンを接種しても、抗体ができてくるのに1-2週間必要なわけです。
つまり、それまでは全くの無防備になります。
このため、その無防備な期間を守るために、受傷後すぐに狂犬病免疫グロブリン(RIG)を至急接種する事をWHOは推奨しています。
でも、この狂犬病免疫グロブリン(RIG)が稀少品で、手に入りにくく、途上国でなかなか投与してもらえない代物なのです。実に90%はRIGなしで加療されています。
狂犬病ワクチンを事前に接種するのは、この狂犬病免疫グロブリン(RIG)をあらかじめワクチン接種によって体内で作っておいて、いざ、咬まれても、RIG投与しなくても済むようにするためなのです。
狂犬病ワクチンを接種すべきかどうかの判断基準
これは、確率で考えていくしかありませんし、確率が低ければ安心できるのなら、接種しないし、不安なら接種しますし。
インドネシアにおいて、このRIGが品切れとなり、急遽シンガポール・タイへ飛行機で移動した欧米人旅行者のケースがあるのは、その動物が狂犬病である可能性が高い、もしくは確実と判断されていたからかもしれません。では、実際、皆さんが海外旅行して現地で動物に咬まれて病院を受診したら、どういうシチュエーションが考えられるでしょうか?
現地における狂犬病暴露後処置の選択
本来、WHOが推奨している方法はこちらですが、動物に深く咬まれて流血した場合、実際は以下のシチュエーションで行われている事が多いようです。
※その前の段階で、狂犬病動物に口をなめられたり、流血する傷口をなめられた場合、そもそもみなさん病院に行きますか?WHOではこの場合も最重要カテゴリー3に属しているのですが、皆さんご存知ないでしょ?
- 『地域のサーベイランス結果で、狂犬病動物である可能性が高いと推定されるので、傷の処置をして、(人由来・馬由来)RIG接種とワクチン接種を行いましょう。』
- 『地域のサーベイランス結果で、狂犬病動物である可能性が高いと推定されるので、傷の処置をして、RIGが無いため、外国へ移送します。』
- 『地域のサーベイランス結果で、たぶん狂犬病動物ではないと推定されますが、念のためRIG接種するという方法もありますが、どうされますか?』と聞いてもらえる。
- 『地域のサーベイランス結果で、たぶん狂犬病動物ではないと推定(狂犬病である可能性は数%)されるので、傷の処置をして念のため狂犬病ワクチンだけ接種しましょう。RIGは不要です。』
- 『サーベイランス結果とか知らないよ。皆大丈夫だから、多分あなたも大丈夫だよ。そもそもRIGなんて高価な薬は無いから、傷の処置をして念のため狂犬病ワクチンだけ接種しとくよ。』
3番以降はWHO方式に則っていません。
だいたい、5番目の対応が本当の発展途上国では当たり前のようです。でも確率からしたら交通事故以下の確率ですから、皆大丈夫というのは正しい。現地の医師にしてみても、咬まれてから発症までは数か月~1年先ですから、どうせ現地にはいないし、俺の責任じゃないし。といったところでしょう。
これで良いなら事前ワクチン接種は不要です。
じゃあ、2番目のシチュエーションで(本人はピンピンしているのに)マレーシアまで飛行機で移送された場合はどうでしょうか?有能な医師で親切だわ。とおもっても、移送費用数十万円は健康保険適応外です。(旅行保険に入っている人は大丈夫)
現地でのワクチン接種において
では、その次に、そもそも現地で狂犬病ワクチンを接種するという段階においては以下のシチュエーションが考えられます。
- ちゃんとしたワクチンを接種してもらえる。
- 温度管理が十分でないワクチンを接種される。
- 期限切れのワクチンを接種される
- 旧式マウス脳ワクチンを接種される。
- 中国製のワクチンと書かれた水を接種される。
まあ、これに加えて、滅菌していない器具で接種されるなんてこともあるでしょう。
アメリカでさえ、ワクチンの温度管理は不適切であったクリニックが76%も存在し、29%はワクチンの期限切れであったという報告があります。では、途上国ではどうなんでしょうか?温度管理が不適切であったり、期限切れであれば、せっかくのワクチンの効果が減弱します。
例えば、狂犬病を発症しなければ良いのだというのであれば、咬まれた動物が狂犬病を発症している可能性は、アメリカの野生動物で20%程度ですから、80%はワクチン接種は不要です。(しかし不要かどうかは神のみぞ知るです。)
例えば、タイ。首都圏と北部での犬の狂犬病罹患率はかなり低くなっています。南部の罹患率が高い。では、タイのシラチャで咬まれた場合、ワクチン接種せずに放っておくのか?というと、そういうわけにはいかないので接種をします。では、RIGまで必要か?となると、この地域で犬が狂犬病に罹患している可能性は2%程度で低いので、RIGはしないでも良いだろうという判断はあっても良いとは思います。でも万が一狂犬病を発症しても、その責任を医師はとってくれません。その2%が気になるのなら接種するし、気にならないのなら接種しないし。
次に、インドネシア、ジャワ島のほとんどは、2015年の時点で、狂犬病が駆逐されつつあり、ジャワ島にいるだけならば、噛まれた後から現地の邦人用クリニックで暴露後接種をすれば十分な状態になってきています。しかし、バリ島は相変わらず駆逐できていません。これは、宗教的な部分が関与しているそうで、バリ島はイスラム教が多く、犬が大嫌いなのに対し、バリ島はヒンズー教で、犬が大好きなんだそうです。
国産ワクチンの抗体価推移
現在の国産狂犬病ワクチンを製造している化血研の担当者に送っていただいた、抗体価の推移グラフ(当院の狂犬病HPにも記載しています。)はコチラですが、
Production and Quality Control of Rabies Vaccine.
Akira Yamada, Kuniaki Sakamoto et al,The Chemo-Sero-Therapeutic Research Institute, Kumamoto 860, Japan, p83-90より
まず、このワクチンの問題点は、接種完了まで6カ月もかかってしまうという事です。渡航ワクチン接種に来られる方は、1か月前が多く、6カ月も前から相談に来る方は希です。よって、2回接種で渡航される方が多いのですが、では、2回接種で抗体価はどう推移するのか、この文献のグラフ部分を拡大しますと、こちらになります。
国産2回接種後の抗体価推移
これを見ますと、2回接種では初回接種後3か月(2回目接種後2か月)で最低必要抗体価を維持できている方は60%であり、初回接種後4か月(2回目接種後3か月)では半分の方は、抗体が無いという事になります。
つまり、ワクチンを接種しても、接種していない人と同等になってしまいます。
これでは、わざわざ接種している意味がありません。また、外国製ワクチンとの互換性も検証されていないため、咬まれた場合は、現地で最初からやり直しになります。
これでは、いったい何のためのワクチン接種なんでしょうか?
国産3回接種後の抗体価推移
それでは、きっちりと6カ月かけて3回接種した場合はどうなるのでしょうか。3回目接種後の抗体価推移を拡大しますとこちらになります。
3回目接種後4か月で20%、8か月くらいで、半分の人は抗体が無い状態になっています。
非力だと思いませんか?これでは、咬まれた時に不安じゃないですか?いちおう、WHOでは、こういった事もあるから、狂犬病ワクチンを接種した人であっても6カ月以上経過している場合は、RIGを投与しましょうという事にしていますがその通りの事を途上国の医師がしてくれるでしょうか。
一方輸入ワクチンの効果は?
輸入ワクチンには、大きく分けて3種類があります。
- ヒト二倍体ワクチンHDCV
- 効果は強いが接種回数が多くなるとアレルギー反応が出やすくなってくる。
- ニワトリ杯細胞精製ワクチンPCEC
- 現在の国産ワクチンや、当院が以前採用していたRabipureがこれにあたります。卵から作っているので卵アレルギーは接種できないですが、Rabipureは国産よりは効果が高いと考えられています。
- ベロ細胞由来ワクチン(VERORAB)
- 現在採用しているワクチンで、今の所、安全性、効果ともにダントツです。
この中で、今回、当院で採用しているVERORABの抗体価について抜き出します。
まず、抗体価の測定方法は、国産ワクチンの文献はかなり古く、中和抗体価5倍以上を有意として記載していますが、VERORABの方は幾何平均抗体価(GMT)というので記載されています。この場合、0.5IU/ml以上を有意な抗体ありと判定します。これを一つのグラフに描いてみます。
なお、接種間隔は、国産ワクチンと同じタイミングではなく、国産ワクチンの3回目の接種より6カ月遅れての3回目接種を行った場合のスケジュールになっています。
VERORABの抗体価については、
Antibody Persistence Following Preexposure Regimens of Cell-Culture Rabies Vaccines
10-Year Follow-Up and Proposal for a New Booster Policy, Alain Strady et al, JID 1998;177 (May), 1290-1295より引用
このように、国産では最終接種後40か月で有効抗体保有者は0%となるのに比べ、Verorabでは65か月後でも70%近くが抗体を保有しています。
しかし、これは、本来のVERORABの接種方式ではありません。通常の接種スケジュールは、1か月で3回、1年後に1回で、このグラフより1回接種回数が多くなっていますので、そのように通常スケジュールで接種した場合の抗体価の比較はこちらになります。
このように国産ワクチンと比べると、ほとんどの期間、有効抗体価を維持することが出来ます。
また、4回目の接種を1年後に接種した場合の抗体価持続期間は添付文書では5年ですが、この調査では10年を経ても十分な抗体価が維持できています。
国産はどうして効果が弱いのか?
同じニワトリ杯細胞精製ワクチンPCECである、Rabipureと比べても、国産狂犬病ワクチンは効果が弱い原因は定かではありませんが、化血研の担当者は、『そもそもワクチン作成に使用した株が、弱毒株(HEP Flury株)を使用したためではないか』という事でした。
狂犬病ウイルスはその取扱いが危険であるため、そもそも国内にウイルスが発生していないという事もあって、安全な弱毒株を使用して作成したために、こういった問題が出ているのだろうという事でした。
このあたりは、国産不活化ポリオワクチンの効果が弱いという所と同じ問題が出ているように思います。
化血研はこれを問題視し、現在の国産ワクチンはそのうち製造中止し、外国産であるRabipureのライセンス生産を行う予定で、あと数年で販売の予定です。
こういった重要な情報は、一般海外渡航者にはあまり知られていないようです。
だいたい、咬まれたらどうせワクチンを接種しなきゃならないから、先にワクチンしても一緒で、咬まれた後の方が保険が効くから良いと言っているヒトもいる現状です。
狂犬病は遅い人で受傷後1年(最高7年)してから発症する場合もありますので、不完全な治療をして1年も不安な気持ちになる人は接種しておいた方が良いと思います。不安にならない人はしなければ良いと思います。
少なくともこの事を知った方は、Rabipureの国内販売までは、外国製輸入ワクチンを使用する事をお勧めします。
a:6475 t:7 y:3
コメント