監修者・執筆者:院長 小山博史
母乳の利点について
現在分かっている範囲内での母乳の利点について列挙します。
人工ミルクの歴史は高々数十年しかありません。母乳は人類始まってからの歴史があり、未知の栄養素が多く含まれているため、出来る限り飲ませてあげたいものです。
しかし、母乳が出にくい、お仕事や体調の事情で続けられないなど、ご家庭ごとに事情はさまざまです。ミルクや混合栄養でも、赤ちゃんはしっかり育ちます。このページは「できる範囲で母乳をあげたい」と思ったときの参考にしてください。授乳の悩みは、健診や受診のときにいつでもご相談ください。
1)病気にかかりにくくする。
母乳には免疫物質(分泌型IgAなど)が含まれ、肺炎や下痢、中耳炎などの感染症にかかりにくくなることが、多くの研究で示されています。ユニセフの発表では、6ヶ月以上母乳単独で栄養された児と人工栄養だけの児を比べると、肺炎の罹患率が30倍違うといわれています。
中耳炎に罹かりにくくなる。
抗インフルエンザ菌IgAの抗体価が高い母乳を飲んでいる子どもほど中耳炎の罹患頻度が低い事が示されており、他の菌に対する抗体も含まれていることも考えると、中耳炎に対して保護的に作用していると考えられます。
2)栄養のバランスが良く、消化に良い。
母乳のたんぱく質は粉ミルクに比べて半消化状態なので、腸にやさしいです。ですから下痢などの時にも飲み続けられるわけです。1500g未満の未熟児は母乳なら飲めますが、人工ミルクだけで育てると、腸の一部が壊死する「壊死性腸炎」という重い病気のリスクが高くなることが知られています。(ただ、消化しやすいということは、逆に腹持ちが悪く、2~3時間ですぐ空腹になるということです。)
3)腸内で正常細菌を増殖させる。
赤ちゃんの腸内で繁殖する正常細菌はビフィズス菌と乳酸菌です。
これらの細菌は通常お母さんの腟内に存在し、赤ちゃんが経膣分娩で腟内を通過中に初めて接触し、それが母乳によって栄養され、赤ちゃんの腸内で増殖します。しかし、人工乳で育てられた赤ちゃんの腸では大腸菌(成人と同じ細菌)が増殖し、希に血液中に移動し、赤ちゃんに重症感染症を引き起こす場合があります。(ただし、最近の人工乳は乳酸菌やビフィズス菌が増殖しやすい様に改良が加えられはじめています。)
4)母体の回復を早める。
乳首を吸われることにより、オキシトシンというホルモンが分泌され、子宮の収縮を促進させ、悪露の排泄を促します。
また、周産期に増加した母親の体重は母乳を吸われることによって減少しやすくなります。(体重3kgの赤ちゃんはお母さんから300kcal分のエネルギーを1日に母乳から吸い取ります。また3ヶ月の赤ちゃんは600kcal分の母乳を飲みます。母乳を与えないということは、1日300~600kcal分の運動、またはダイエットが必要ということになります。)600kcalは軽食1回分です。
5)ミルクアレルギーを起こしにくい。
乳たんぱく質が人から作られているということや、半消化されていることから、アレルギー反応が起きにくくなっています。
6)子の情緒を安定させる。
吸啜による鎮静反射や、母と子のスキンシップは親子共に情緒的安定をもたらします。
7)乳がんになりにくい。
乳癌の発生率が5%程度低下します。(授乳した期間が合計12か月長くなるごとに、乳がんの発症率が数%ずつ下がることが、約5万人の乳がん患者のデータから分かっています)
(5%なんて減っても意味ないという乳腺科のDrもいましたが・・・。ただし、既に潜在性乳癌が発生している可能性のある40歳付近の乳癌年齢母体においては、その潜在性癌は、授乳行為によって、悪化する方向に働くそうですので、5%低下するというのは、あくまで”若い女性において”と理解する必要があります。)
また、母乳育児したにも関わらず、運悪く乳癌を発症した場合も、授乳しなかった女性に比べて、がんの再発およびがんによる死亡の可能性が低いという報告もあります。ハザード比が0.56。
8)母親の情緒を安定させる。
乳首を吸われることにより、オキシトシンというホルモンが分泌されますが、オキシトシンは、前頭葉機能を改善させ、気分を安定させ(抗うつ作用)、子供の夜泣きによる睡眠中断にも耐えられる脳を作ります。
(人工栄養ですと、睡眠不足感が半端なく、イライラしやすい。)
9)IQが高くなる。
ブラジルで3500人近い赤ちゃんを追跡調査した結果、母乳を与えられた期間が長いほど成人後の知能指数が高いという研究が、英医学誌「ランセット・グローバル・ヘルス」に発表されました。
※平均の差が3.76と僅かですので、どうってことない差で、生来を左右する程度ではありませんが….
人工ミルクとの差が何によるものか、不明です。脳内にもっとも豊富に存在するω3脂肪酸であるDHAは、母乳に豊富と言われていますが、日本の人工ミルクにはすでに添加されていますので、日本で調査したら同じ差がでるかどうかは不明です。
10)概日リズムを整える
人間は、夜になると、睡眠ホルモンであるメラトニンが分泌され、深い睡眠が維持されていますが、生後3~4か月までは、赤ちゃん自身はメラトニンを十分に作る能力がありません。夜間、母乳を介して母親からメラトニンが赤ちゃんに与えられることで、夜間の深い睡眠と概日リズムの早期確立に貢献します。
(その他追加項目)
乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクを下げる
SIDSは、それまで元気だった赤ちゃんが睡眠中に突然亡くなる病気です。18の研究をまとめた解析では、母乳を飲んでいた赤ちゃんはSIDSのリスクが低く、母乳だけで育てた場合にはリスクがおよそ4分の1になっていました(Pediatrics 2011)。
母乳の赤ちゃんは眠りの中でも目を覚ましやすいこと、免疫物質で感染から守られることが理由と考えられています。ただし、大人と同じ布団で寝る「添い寝」はSIDSのリスクを上げるため、同じ部屋の別の寝床(ベビーベッド)で寝かせ、あおむけ寝・禁煙と合わせて予防しましょう。
将来の肥満や2型糖尿病を防ぐ可能性がある
母乳で育った子どもは、大きくなってから太りすぎや2型糖尿病になりにくい傾向があると報告されています(Lancet 2016)。赤ちゃんが自分で飲む量を調節しやすいことが関係していると考えられていますが、効果の大きさについてはまだ研究が続いています。
お母さんの病気のリスクも下げる
授乳の効果は、お母さんにも長く続きます。乳がん(7で解説)に加えて、卵巣がん、2型糖尿病、高血圧になりにくくなることが分かっています。長く授乳したお母さんでは、卵巣がんのリスクが約3割低いという解析もあります(Lancet 2016)。
母乳と人工ミルクの使い分け
出来る限り母乳を飲ませてあげたいとは言っても、生後6ヶ月頃から人工ミルクに変更して職場復帰しようと思っても赤ちゃんによっては、母乳や、母親の乳首以外受け付けなくなる場合があります。
生後2.5ヶ月を越えると、味覚が発達し、母親の母乳の味に慣れています。また、通常の人工乳首は吸って飲むのですが、母親の乳首は舌による圧迫と絞り動作で飲みますので、母乳しか飲んだことがない赤ちゃんは人工乳首での飲み方がわからず、戸惑います。(これを乳首錯乱と言います)
(最近発売されている母乳に良く似た飲み方で飲めるタイプの乳首は乳首錯乱が起きにくいです。)
生後3ヶ月までの母乳には免疫物質が多量に含まれていますが、3ヶ月以降はかなり減少します。また、2.5~3ヶ月までは人工乳への変更は容易ですが、3ヶ月をこえると、母乳または母親の乳首以外を受け付けなくなる場合があり、働くお母さんには、生後3ヶ月前あたりから赤ちゃんに合う人工乳首や人工ミルクを探し、混合栄養へ移行し、人工ミルクに慣れさせておいたほうが、現在の社会事情に合っている場合がありますが・・・。
このあたりの判断は各自の家庭事情、職場事情で考慮していってください。
母乳育児の注意点
母乳だけで育てるときに気をつけたいこと
母乳は理想的な栄養ですが、いくつか足りなくなりやすいものがあります。
ビタミンD
母乳にはビタミンDが少なく、日光に当たる時間が短いと、骨が弱くなる「くる病」になることがあります。母乳だけの赤ちゃんで、外出が少ない場合や離乳食が進まない場合は、健診で相談してください。
ビタミンK
母乳にはビタミンKも少なく、不足すると頭の中などで出血することがあります。これを防ぐため、日本では生後すぐからビタミンK2シロップを飲ませます。産院や1か月健診で指示された回数を、忘れずに飲ませましょう。
鉄
母乳の鉄は吸収されやすいものの、量は多くありません。赤ちゃんは生まれたときに体にためた鉄でしばらく過ごせますが、その貯えは生後6か月ごろには少なくなります。母乳だけで育てていて離乳食がなかなか進まないと、鉄欠乏性貧血になることがあります。早産や低出生体重で生まれた赤ちゃんは、もっと早く不足しやすくなります。鉄を補うには、離乳食にレバーペーストを取り入れるのがおすすめです。顔色が悪い、食欲がないなど気になるときは、健診や受診の際にご相談ください。
日本食中心の食生活のお母さんが母乳だけで育てた場合、1歳の時点ではほとんどの子どもが鉄欠乏になっていることが、小池通夫先生(当時 和歌山県立医科大学小児科教授)の研究で報告されています(日本小児科学会「若手小児科医に伝えたい母乳の話」)。
1歳を過ぎても牛肉などの鉄の多いお肉を嫌がる子どもは、特に鉄欠乏になりやすいので注意が必要です。また、昔は「鉄分が多い食品」の代表だったひじきも、今はあまり頼りになりません。以前は鉄の釜で煮て加工していたため、釜の鉄がひじきに移っていましたが、現在主流のステンレス釜で加工したひじきの鉄は、鉄釜のおよそ10分の1しかないことが分かっています(干しひじき100gあたり 鉄釜58.2mg、ステンレス釜6.2mg)。同じく「鉄が多い」と思われがちなほうれん草も、実際の鉄の量は多くなく、植物性の鉄は体に吸収されにくいため、鉄の補給源としてはあまり期待できません。
鉄が足りないときに見られるサイン
鉄が不足すると、次のような様子が見られやすくなります。
- 癇癪(かんしゃく)が増える
- 泣き入りひきつけ(激しく泣いたあとに息を止めて顔色が悪くなる発作)を起こしやすい
- 夜泣きをしやすい
- 不安を感じやすい
- 寝るときに足をむずむず動かす(むずむず脚)
- 落ち着きがなく、多動の傾向が出やすい
- 爪がもろく割れやすい、爪が波打つ、爪に白い斑点が出る
これらは、血液検査で貧血が出る前の「貯蔵鉄(フェリチン)が少ない」段階から起こります。そのため、「貧血はないから大丈夫」とは言えません。泣き入りひきつけは、鉄剤を飲むことで回数が減ることも分かっています。気になる様子があれば、ご相談ください。
母乳は足りている?見分け方のポイント
母乳は飲んだ量が目に見えないため、「足りているかな」と心配になるお母さんは多いです。次のような様子があれば、たいていは足りています。
- おしっこが1日6回以上(紙おむつがしっかり重くなる)
- 体重が順調に増えている(母子手帳の成長曲線のカーブに沿っている)
- 授乳のあと満足して眠ったり、機嫌よく過ごしたりできる
- 1日に8回前後、自分から欲しがって飲む
逆に、おしっこが少ない・色が濃い、体重が増えない、ぐったりして飲む力が弱いといった場合は、早めにご相談ください。体重は家庭の体重計では誤差が大きいので、健診や受診のときに測るのが確実です。
授乳中に薬を飲んでも大丈夫?
お母さんが飲んだ薬は母乳に少しだけ移りますが、その量はとても少なく、かぜ薬、痛み止め、多くの抗生物質など、ふだん病院で処方される薬のほとんどは授乳を続けながら使えます。「薬を飲むから授乳をやめる」「授乳中だから治療をがまんする」必要はほとんどありません。
受診のときは「授乳中です」と伝えてください。心配なときは、厚生労働省の事業として国立成育医療研究センターに設置されている「妊娠と薬情報センター」の情報も参考になります。抗がん剤や放射性の検査薬など、一部の薬は授乳との両立ができないので、主治医とご相談ください。
お酒とカフェイン
- お酒:アルコールは母乳に移ります。授乳中はできるだけ控え、飲む場合は少量にして、飲んだ直後の授乳は避けましょう。
- カフェイン:コーヒーなら1日1〜2杯程度は問題ないとされています。飲みすぎると赤ちゃんが寝つきにくくなることがあります。
- たばこ:赤ちゃんのSIDSや呼吸器の病気のリスクを上げるため、授乳中に限らず家族みんなで禁煙をおすすめします。
赤ちゃんへの人工粉ミルク作成に関するガイドライン
医師会から、赤ちゃんへの人工粉ミルク作成時の注意点について、患者への指導を行うよう通知が来ました。
『乳児用調製粉乳の安全な調乳、保存及び取り扱いに関するガイドライン』というものです。
詳しくはリンクを見ていただきたいと思いますが、要点だけ示しますと
- 人工ミルクの粉の中には、サルモネラ菌やエンテロバクター・サカザキという食中毒菌が存在しています。
- これらの菌を100%除去して製造する方法はない。
- よって、熱い(70℃以上の)お湯でミルクを溶かして作成し、
- 作成後2時間以内に飲ませて、残りは破棄してください。
- 作り置きをする場合は、作成後速やかに5℃以下に冷却し、使用時に暖める事。
- 暖める場合、電子レンジでは焼けどの原因になるので、湯煎で15分以内に暖め、すぐ授乳させ
- 2時間以内に破棄すること。
(※安全なミルクの作り方パンフレット)
です。以前から未熟児には、問題となっていた菌ですが、最近は成熟児にも問題となってきたようです。
液体ミルク
日本では2018年に法律が改正され、2019年春から国産の乳児用液体ミルクが販売されています(研究報告)。あらかじめ調乳された状態で、常温のまま開けてすぐ飲ませられるのが特長です。
- 便利な場面:外出時、夜中の授乳、お父さんや祖父母がミルクをあげるとき、災害時の備え
- 注意点:粉ミルクより割高、開封後はすぐに使い切る、飲み残しは捨てる、賞味期限が粉ミルクより短い
お湯を使わないので、粉ミルクのような菌の心配や、やけどの心配もありません。災害用に、ご家庭で数本備えておくのもおすすめです。
ゲップのさせ方
授乳の後は飲んだ空気を吐かせてあげましょう。(お座りが出来るようになる6-7ヶ月くらいまでは必要なことが多いです。)
首が座らないうちは、お母さんの肩にかつぎ上げるようにして抱き、背中をさすったり、軽く叩きます。
ゲップが出ない時も最長20分くらいまではがんばってみて下さい。(あくまでもお母さんの出来る範囲内でですが・・・)
ゲップ不足の症状
- おなかにガスが溜って大きなおなかになる。
- 便秘
- 嘔吐する(1日2‐3回、ゲボッと一気に吐きます。)
- 突然強烈に泣き出し、あやしても泣き止まないが、しばらくすると突然泣き止み、眠る。(腹痛:主に夕方に多く、『夕暮れコリック』とも呼ばれる)
- オナラをよくする。
※どうしてもゲップが出ない場合は諦め、飲みこんだ空気を早く出すために綿棒で肛門刺激を定期的に行い、オナラを誘発させてください。
※4)の様な症状が出る場合、幼児用浣腸(薬局で購入)を5ml程度すると、排便・排ガスとともに泣き止む事があります。
※十分ゲップできているのに、おなかが張って、オナラが多いなどの症状があり、浣腸などで泣き止む事が多い場合は、腸内細菌のバランスの問題も考えられます。
こんなときは早めに受診してください
ゲップ不足による吐き戻しやぐずりはよくあることですが、次のような場合は別の病気が隠れていることがあります。
- 噴水のように勢いよく吐く、毎回の授乳ごとに吐く
- 吐いたものが緑色・黄色、または血が混じっている
- 便に血が混じる、いちごジャムのような便が出る
- お腹がパンパンに張って、触ると嫌がる
- 熱がある、ぐったりして元気がない、母乳やミルクを飲まない
- 体重が増えない、おしっこが少ない
綿棒での刺激や浣腸をしても泣き止まないときも、がまんせずにご相談ください。
よくある質問
Q1. 母乳がほとんど出ません。ミルクだと赤ちゃんに悪いですか?
悪くありません。今のミルクは母乳に近い成分に作られていて、ミルクで育った赤ちゃんも元気に育ちます。少しでも母乳が出るなら混合栄養で続けるのも一つの方法です。お母さんが無理をしすぎないことも大切です。
Q2. 母乳はいつまであげればいいですか?
決まった期限はありません。WHOは2歳以降までを目安にしていますが、お仕事や次の妊娠、お母さんの体調などに合わせて、ご家庭で決めて大丈夫です。
Q3. 職場復帰に向けて、ミルクにはいつから慣らせばいいですか?
生後3か月を過ぎると哺乳びんを嫌がる赤ちゃんが増えるため、復帰を予定している場合は、生後2〜3か月ごろから1日1回程度ミルクを哺乳びんであげて慣らしておくと安心です(本文「母乳と人工ミルクの使い分け」も参照)。
Q4. かぜをひきました。授乳を続けても大丈夫ですか?
ほとんどの場合、続けて大丈夫です。母乳にはお母さんがつくった抗体が含まれ、赤ちゃんを守る助けになります。手洗いやマスクで、うつさない工夫をしましょう。
Q5. 搾った母乳はどのくらい保存できますか?
清潔な容器に入れ、冷蔵庫ならおおむね当日〜翌日まで、冷凍なら長めに保存できます。解凍した母乳は再冷凍せず、電子レンジではなくぬるま湯で温めてください。具体的な期間は、産院の指導や保存パックの説明を目安にしてください。
参考文献
Untangling human milk oligosaccharides and infant gut microbiome
Beyond lactation: central oxytocin in maternal mental health and disease
低出生体重児のサーカディアンリズムの形成と発達的予後についての研究
厚生労働省. 乳児用調製粉乳の安全な調乳、保存及び取扱いに関するガイドラインについて(WHO/FAO 2007年の仮訳).


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